ルーマニアのドラキュラ伝説 Romanian Legends

ブラド三世 (ブラド・ツェペシュ / ドラキュラ公)ワラキア公 (在位1456〜62)。

若き日、コンスタンチノープル(現イスタンブール)遊学中にビザンチン帝国の滅亡(1453年)に遭遇し、支配者となったオスマン・トルコのメフメト二世の捕虜となる。やがて許されて国へ戻り、ワラキアの支配者となるが、約束であったトルコへの貢納金の支払いを拒否し、スルタンから派遣された兵士を生身のまま串刺しにした残虐な行為から、ツェペシュ(串刺し公)とあだなされた。
ドラキュラの名は、彼の父が神聖ローマ帝国皇帝から受けた、竜=ドラゴンが彫られたメダルに由来する。 父はそれによってドラクルあるいはドラキュラと呼ばれ、その名が子孫の家名となった。ドラク(DRAC)とは ルーマニア語で‘悪魔’のこと。
シギショアラに生家、ブカレストをはじめ、各地には彼にゆかりの城跡が残る。
「吸血鬼ドラキュラ」は、彼の行状を年代記で読んだアイルランドの作家、ブラム・ストーカーのフィクション。









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